チェーン店の「出店戦略」のたて方

出店戦略のよりどころになる考え方はほとんど存在しない

多店舗展開をしようとする企業の多くは、いつまでに店舗数を全部で何店舗にするか、出店地域をどこまで拡大するか、に関する経営目標を掲げます。例えば、「20年で100店体制、東京のほかに関西や九州など地方都市への拡大も進める」などです。そして、「こうした種類の経営目標≒出店計画」として、メディアでは報道されます。

しかし、こうした出店計画を、当初の計画通りに実現している企業はどれだけあるでしょう?もちろん途中で計画を見直したり、修正したりすることはあると思いますが、一号店が開店した時には話題になっていたものの、いつのまにか閉店していたり、更には、日本市場から撤退していたり、などという話も耳にします。

普段、私たちが実際に利用したり、情報を見聞きしたりするブランドは、日本市場に定着したものがほとんどです。その裏では、定着に失敗したブランドが多数あると考えるべきです。どんなブランドでも成功するかというと、そんなに簡単なものではないと考えるべきでしょう。

私自身、米国企業の日本支社で、日本市場で何店舗出店できるのか?全社的なマクロの出店計画を、地域ごとのミクロな市場計画にどう落とし込んでいくべきか?・・・などについて長らく考えて参りましたが、その際に、実は、よりどころになる考え方がほとんど存在しないことに気づきました。

個々の物件の立地そのものは良いのですが、国内市場での地域拡大という観点では、そこはかとない不安を感じながら出店の判断を迫られるようなケースが多いのではないでしょうか?そこで、ここでは、私の考え方を示したいと思いますので、ご参考になれば幸いです。

店舗展開を『開始する前』に決めておきたいこと

ここで『開始する前』を強調した理由は、数店舗を開業した後に、出店戦略を考えようとする企業が多いように思われるためです。

社内で出店戦略を「考えるように」と頼まれる人も、「そんなことは、開ける前から決めておくべきことでは・・・?」と不平を言いたくなることが多いように思われるためです。

上記で、出店計画の例として、「20年で100店体制、東京のほかに関西や九州など地方都市への拡大も進める」というものを挙げました。ここには、計画の達成時期、総店舗数、出店地域が含まれています。これらはどのようにして決まったのでしょう?経営者の頭の中には何か理由があるのかもしれませんが、その根拠をある程度までは理解可能な形で説明していただきたいものです。

なぜ20年もかけるのか?なぜ100店舗なのか?地方都市はどこまで含まれるのか?

こうした問いに対して、一貫性のあるストーリーを構築する必要があります。

国内市場での店舗展開にあたり最初に決めるべきことは、出店を完了した段階でストア・ブランドにどのような意味合いを持たせたいかを決めることです。それにより、出店の考え方は大きく変わってきます。

それを踏まえた上で、多店舗化する企業が出店に関して意思決定しなければならない要素は4つあります。その4つには、

出店が完了した段階での【①総店舗数】、【②出店する市場の地理的範囲】、【③想定する個々の店舗の立地のバリエーション】、【④総店舗数の地域配分】

が含まれます。以下、順にご説明していきましょう。

重要なことは、これらを別個に考えるのではなく、同時並行に、システマティックに検討する必要があるということです。

目標総店舗数(①)の意味

まずは、【①総店舗数】の考え方をご説明します。

一店舗あたりの面積が大きく、商圏が広いリテーラー、あるいは、一店舗当たりの面積は小さいものの、希少性がありハイエンド(high-end)なブランド・イメージを持つリテーラーの場合は、商圏を広くすることができるため、総店舗数は相対的に少なくなります。

例えば百貨店は、主要ターミナル駅周辺に大型の店舗を構えます。顧客の多くは鉄道を利用して来店するため商圏も広域になります。また、ハイエンドなイメージを維持するため、出店する地理的市場も限定的です。

高級ブランドと評価されているブランドも、百貨店にテナントとして出店するほか、路面店舗も出店している場合もありますが、出店エリアはハイエンドなイメージがある地理的市場に限定されます。こうした企業は総店舗数を少なく抑えざるを得ないのです。

目標総店舗数(①)の決まり方

ここで、クイズです。

  1. 『高島屋』、『松屋』、『三越伊勢丹ホールディングス』を日本国内の店舗数(2015年2月時点)の多い順に並べてください。それぞれの店舗数はいくつかも考えてみてください。
  2. 『ティファニー(TIFFANY&Co.)』の日本国内の店舗数はいくつでしょう?

答えはこちらです。〔 〕は店舗数です。

  1. 『三越伊勢丹ホールディングス』→〔32〕、『高島屋』→〔19〕、『松屋』→〔4〕
  2. 『ティファニー(TIFFANY&Co.)』の日本国内の店舗数は〔57〕(2015年7月現在)

ハイエンドな顧客を集客し続け、高級イメージを維持する場合の総店舗数の参考値として、これらの数字を記憶しておくのも良いかもしれません。

ちなみに郊外型の大型店舗の例としては、『イオンモール』の日本国内の店舗数は〔149〕(2015年2月時点)です。

ここまでは、個々の店舗が大型であったり、希少性が重視されたりするリテーラーについての話でしたが、逆に、日常的なブランドで一店舗当たりの面積が小さく、希少性ではなく利便性が求められるようなリテーラーは、一店舗当たりの商圏が狭いため、市場をカバーするためには相対的に多くの店舗数が必要となります。

実際にはこのような企業の方が多く、コンビニエンスストア、ドラッグストア、外食チェーンなど、数百から数千店舗を展開する企業の例を挙げればきりがありません。

「特別な存在」と「日常的な存在」、「ハレの日用」と「ケの日用」、「ハイエンド」と「ローエンド」といった言葉を両端に置き、線で結んでください。そして、その線上のどこに自社のブランドを位置づけるかによって、総店舗数は決まります。

自治体レベルでの市場選定(②)

次に、【②出店する地域市場の範囲】の考え方をご説明します。これは、展開する「自治体レベルでの市場」をどのように選定するかを意味します。

個々の自治体の中で具体的にどこに出店するべきかについては、【③想定する個々の店舗の立地のバリエーション】で扱うとして、その前の段階で敢えて「自治体レベルの市場選定」の方針を決めておく必要があるのはなぜでしょう?

それは、はじめに物件ありきで、個々の物件の立地が良いというだけで場当たり的に新規出店を繰り返すことによる弊害を減らすためです。ではその弊害とは何でしょう?

  • まず、チェーン企業としての成長段階の早い段階から店舗網が広域に分散してしまうことが挙げられます。それに伴い物流・配送や店舗管理、広告宣伝などの費用対効率は悪化してしまいます(参照:本講座「ドミナント戦略」の基礎知識)。
  • また、出店する自治体の多様性が高まることにより、ブランドイメージが拡散してしまう恐れが生じます。

下の【表】は、三越伊勢丹ホールディングスが出店している都道府県・自治体と、店舗数を示しています。北は札幌、南は福岡まで全国的に店舗を配置していることが分かります。

百貨店が出店する自治体は市場規模も大きく、不特定多数の消費者を吸引する力を持っています。こうした自治体に限定して店舗を構えることである一定のイメージを保つことができるのです。

ただ、ご注意いただきたいことは、百貨店のような“Big-box”タイプのリテーラーは、各自治体に1~2店舗を出店すれば十分なため、店舗数が32店舗しかないのにも関わらず表のような全国的な店舗展開が可能だということです。

一方、コンビニや外食チェーンなどの“Mini-box”タイプのリテーラーは、各自治体に10店舗以上出店しなければならないこともあるため別のアプローチが必要です。そのあたりは、意思決定要素の【④総店舗数の地域配分】でお話しますが、ここでは店舗展開の優先順位が高い自治体にどのようなものがあるかをご確認ください。

ここでもやはりストア・ブランドのイメージが関わってくるのですが、どの自治体でも出店機会があれば出店するのではなく、成長段階に応じて展開するべき自治体を主体的に選択して広げていくべきなのです。

【表】三越伊勢丹ホールディングスの店舗展開

都道府県 市区町村 店舗数
北海道 札幌市中央区 2
北海道 函館市 1
宮城県 仙台市青葉区 1
埼玉県 さいたま市浦和区 1
千葉県 千葉市中央区 1
千葉県 松戸市 1
東京都 中央区 2
東京都 新宿区 2
東京都 渋谷区 1
東京都 豊島区 1
東京都 立川市 1
東京都 府中市 1
東京都 多摩市 1
神奈川県 相模原市南区 1
新潟県 新潟市中央区 3
静岡県 静岡市葵区 1
愛知県 名古屋市千種区 1
愛知県 名古屋市中区 2
京都府 京都市下京区 1
広島県 広島市中区 1
香川県 高松市 1
愛媛県 松山市 1
福岡県 福岡市中央区 3
福岡県 久留米市 1
自治体レベルでの市場選定(②)の続き

さて、皆さんの会社は、店舗数が100、300、500、1000の各段階で、どの自治体まで展開範囲を広げるかについて、社内にコンセンサスがありますか?

上記のとおり、新規出店の優先順位の高い自治体があります。成長の初期段階では、展開範囲をそれらの自治体に限定する必要があります。

各自治体に出店すべき店舗数が“Big-box”タイプのリテーラーよりもはるかに多い“Mini-box”タイプのリテーラーの場合は、自治体レベルの市場を拡大するよりも、選択した少数の自治体に出店を集中し、そこでのプレゼンスを高めることが望まれます。これを“ドミナント戦略”“ドミナント出店”といいます。

ここでは、あまり語られていない「ドミナント」のメリットを一つ指摘したいと思います。それは、新たな地理的市場に進出する際の集客が容易になるということです。

出店地域を限定し、そこに集中的に出店することにより、その地域でのブランドの知名度・人気・話題性が向上するはずです。それと同時に、未出店地域にいる消費者の心の中に、自分の住む地域への出店を待望する気分が高まることが考えられます。この気分が高まれば高まるほど未出店地域への1号店の話題性も高まり、1号店に行列を作ることができます。こうしたブランドの持つ“勢い”を長持ちさせる効果が“ドミナント出店”にはあると考えます。

逆に初期段階から広範囲にポツリポツリと出店した場合、このようなブランドの“勢い”は作れないか、仮にさまざまな広告・広報の手法を駆使して作ることができたとしても、それは短期間で衰えてしまうように思います。

ここで、上記でとりあげたTIFFANY&Coについてのクイズです。日本国内の店舗数は57(2015年7月)ですが、4店舗出店している自治体が全国に2つあります。それはどこでしょう?

答えは、東京都新宿区と大阪市北区でした。

参考までに、TIFFANY&Co.の出店している自治体と自治体ごとの店舗数は下の【表】の通りです。ご注意いただきたいことは、TIFFANY&Co.のようなハイエンドなブランドのリテーラーのため、店舗数が57しかないにも関わらず表のような全国的な店舗展開が可能だということです。

展開済の自治体数は、三越伊勢丹ホールディングの24に対して、TIFFANY&Co.は地方百貨店にもテナントとして出店しているため展開地域も増え41自治体であることが分かります。

全国展開を視野に入れる場合、成長段階に応じて展開範囲を主体的に選択して拡大するべきであると記しましたが、優先順位が高い市場を考える際の参考になると思います。

【表】ティファニー(TIFFANY&Co.)の自治体別店舗数

ティファニー出店自治体一覧

以上で確認したような、百貨店や高級ブランドのリテーラーが市場として選定している自治体は、“Mini-box”タイプのリテーラーや、高級ブランドではない日常的なブランドも、出店の優先順位が高くすべき市場といえます。

こうした市場は、商業販売額や昼間人口も多く市場規模が大きいことももちろんですが、その他にも特別な意味があります。

こうした市場でのプレゼンスを高めることは、周辺の地域に居住する消費者による自社ブランドの知名度が急速に高まることが期待できます。なぜなら消費者はその市場の中を移動、回遊します。その動線上に店舗が複数存在することで、消費者は意識するしないにかかわらず自社ブランドのロゴを目にすることができ、認知度が高まっていくのです。また、あちこちに自社ブランドのロゴが増えていくことは、消費者に自社ブランドが活性化しているイメージを与える効果があります。

同時に消費者にとっての利用時の利便性も大幅に改善されます。利用時の利便性とは、何かのついでに気軽に立ち寄れる、待たされずに利用できる、などが例として挙げられます。

また、店舗を複数出店することにより、競争企業の出店機会を奪うこともできます。あるブランドが好調な場合、それを模倣したような二番煎じのブランドが必ずと言ってよいくらいに参入してきます。一号店を出店後に追加出店を長いこと怠ると、こうした後発ブランドに出店機会を奪われる可能性が高まります。一度奪われた立地を即座に奪還することは大変難しいものです。一号店出店後の定期的に追加出店する計画を持っておく必要があります。

ある自治体に1店舗を開店して、すぐ別の自治体に展開するというのは、“Big-box”タイプのリテーラーか、高級ブランドにあてはまる考え方です。多くのブランドは、新たな自治体に展開するだけでなく、展開した自治体をカバーするために追加出店することも同時に進めなければならず、出店計画は非常に複雑になるのです。

ケーススタディ1:ギャレット・ポップコーンの自治体レベルの市場選定

ギャレット・ポップコーンをご存知ですか?原宿駅から歩くと表参道・左手に位置する、行列のできるアメリカ・シカゴのポップコーン屋さんです。

2013年に原宿に初出店以来、2015年7月末時点で4店舗を展開しています。この4店舗がどの市区町村に、何店舗ずつあるかお分かりですか?

1号店は原宿ということで渋谷区に1店舗です。ホームページの店舗検索で調べると、2店舗目は千葉県印旛郡です。千葉県印旛郡?市や区ではなく郡?と思われるかもしれません。郡や町が来たら郊外型大型商業施設です。さてどこでしょう?因みに町名は酒々井町です。そうです、酒々井プレミアムアウトレット店です。3店舗目は、東京都千代田区。東京駅店です。

では、4店舗目は?皆さんだったらどこを考えますか?

ギャレット・ポップコーンの4店舗目は、愛知県名古屋市中村区です。JR名古屋高島屋1階にあり、店舗名は「名古屋店」です。そして8月5日(水)には5号店の「心斎橋店」が、大阪市中央区(心斎橋)に開業しました。

皆さんはこの展開方法をどう思われますか?

選定する自治体は、上記に表で示した規模の大きい市場が中心であり、問題ないように思えます。しかし、ある市場に1店舗開けて、すぐに次の市場へ開業するというのは、“Big-box”タイプのリテーラーか高級ブランドと認識されるリテーラーにあてはまる考え方です。“Mini-box”タイプのポップコーン屋さんが、ポップコーンという商品に高級イメージを与え続けることができるのかと考えると、頭をかしげてしまいます。

個々の店舗の紹介ページを見ると、お買い上げ点数を制限する旨や、更には“当日の混雑状況を見て、閉店時間までに店内にご案内できないと判断した場合には、列にお並びいただく受付を締め切らせていただく場合がございます”、といったサービス業とは思えないようなお願い事が記載されています。個人的には、何か勘違いしていませんか?と思わざるを得ません。開店するなら買いたいだけ買わせてほしいし、そのための準備をしていただきたい。その店舗で顧客をさばききれないなら売り場面積、レジ台数、スタッフ数を増やすか、あるいは、周辺に店舗を増やすべきではないでしょか。客に迷惑をかけるのがさも当然のような営業スタンスについて皆さんはいかが思われますか?

また、4号店の愛知県の店舗名「名古屋店」をどう思われますか?私は、大きく出たな、という印象を受けました。「名古屋」での追加出店は、あったとしても「栄店」「イオンモール○○店」くらいで終わりなのですかね。

開いたばかりの関西の店舗は、関西一号店という報道の記載もあり、店舗名も「心斎橋店」ということで、追加出店の計画があるようです。しばらくは全国的に見て主要な未出店エリア、例えば福岡、札幌、仙台など、が残っており、そこに展開することが可能でしょう。

しかし、地域拡大を優先し、出店済みの市場への浸透を怠った場合、ブランドが日本人の生活に定着することは期待できません。

ギャレット・ポップコーンはアメリカ・シカゴでは65年以上愛され続けているブランドだそうです。これは愛し続けてきてくれた顧客がいることを意味します。その商品が彼らの日常に定着し、世代を超えて繰り返しされてきたことを意味します。

店舗展開の現状を見る限り、日本でこのブランドが65年持つかどうかは陽を見るよりも明らかです。日本法人がこのブランドの地域拡大と市場浸透をどうバランスするか注目してみたいと思います。

ケーススタディ2:フライング タイガー コペンハーゲンの自治体レベルの市場選定

ポップコーンを販売するブランドが高級ブランドのように東名阪の市場に展開していることを確認しました。

似たようなケースはまだあります。デンマークからやってきた雑貨ストアフライング タイガー コペンハーゲンはどうでしょう?2015年8月上旬時点で日本国内で21店舗を展開しており、関東以西の広域に市場を拡大しています。

下の【表】は自治体別店舗数を示しています。2店以上を出店している自治体はわずか1つです。

表をご覧いただき、皆さんが“なぜこの自治体に?”と思われる自治体は、大型商業施設への出店です。恐らく施設からの引きがあったものと思われます。

その他の市場の選定方法は誤っていないと思われます。

しかし、店舗数がまだ20弱ということを考えると、地域拡大に注力しすぎているように思います。原価率が想像以上に高く、それを低減するために店舗数拡大が優先されているため、出店機会があれば出店している様子が想像できます。(立地をウェブサイトの地図で確認する限り、とりわけ路面店は苦戦しているのではないかと思われます。この点に関しては【③各地域市場での立地選定】で触れたいと思います。)

全国的な地域拡大は諸々固定的な費用も発生するため、まだ目新しさ、希少性、話題性などで集客しているのかもしれませんが、人気が一巡すると事業収益は辛くなることが予想されます。

【表】フライング・タイガー・コペンハーゲンの自治体別店舗数

都道府県 市区町村 店舗数
埼玉県 さいたま市大宮区 1
埼玉県 富士見市 1
千葉県 船橋市 1
東京都 中央区 1
東京都 港区 1
東京都 渋谷区 1
東京都 豊島区 1
東京都 立川市 1
東京都 武蔵野市 1
東京都 町田市 1
神奈川県 横浜市西区 2
神奈川県 横浜市都筑区 1
愛知県 名古屋市中村区 1
京都府 京都市中京区 1
大阪府 大阪市北区 1
大阪府 大阪市中央区 1
大阪府 枚方市 1
大阪府 和泉市 1
兵庫県 神戸市中央区 1
福岡県 福岡市中央区 1
総店舗数の地域配分(④)

多店舗化する企業が出店に関して意思決定しなければならない要素【④総店舗数の地域配分】についての説明に移ります。ここでは、中華そばチェーン2社の事例をまじえてご説明したいと思います。

なぜ「総店舗数の地域配分」の状況を把握する必要があるのか?

多くの“Mini-box”タイプのリテーラーは、最初は商品力や目新しさ、話題性等で集客できていたとしても、時間が経つにつれて、あるいは、顧客が利用経験を蓄積するにつれて、利用の際の“利便性”が求められるようになります。

利用の際の利便性とは、要は、“もっと手軽に利用できるようにしてほしい”という要望です。いつまでも行列して待たされてまでして、あるいは、労力や時間、交通費等をかけてまでして来店し続けてくれることはないのです。同じお客さんであっても、彼らは時間と共に質的に変化するのです。そしてこうした変化に対応できたストア・ブランドが彼らの生活の中に定着し、ブランドとしての寿命を長くすると言って良いでしょう。

こうした新たな要望に対処するための企業側の戦略要素としては、商品力をどの店舗でも均質化すること以外に、立地の利便性の提供や適切な営業時間、迅速かつ丁寧な接客サービスなどが関係します。そのうち、ここでは“立地の利便性”を考えます。

立地の利便性は、多くのお客さんが利用しやすい、行きやすい場所に店舗を立地させることにより高まります。よってある自治体・エリア(商勢圏)に展開し一号店を出店した後、追加的に出店を行う必要があります。そこにあと何店舗出店するべきかについては、自社のブランドの最終的な意味合いやイメージを何にするか、また、ブランドの成長段階によって変わってきますので一概には言えませんが、既存店舗への打撃(いわるゆカニバリ)を最小限に留めるように、定期的に2店目、3店目を開店する必要があります。その結果、消費者に対し、勢いがある・成長しているブランドという印象を与えると同時に、ストア・ブランドが市場へ浸透していくのです。

このように多くの“Mini-box”タイプのリテーラーでは、新たな自治体・エリアへの地域拡大と、展開済みの自治体・エリアへの浸透を同時並行に進めなければならないため、出店計画が複雑となるのです。そして、例えばある年の目標出店数が100店舗とした場合、その100店舗を地域拡大と市場浸透にどう配分するべきかが経営課題となります。それは、出店は投資活動であることを考えると、最大のリターンを得るために投資をいかに地理的に配分するべきかと同じことです。

地域拡大に傾注しすぎると、既存市場での顧客の不満足が高まったり、競争相手が出店したりする可能性もあります。一方で、既存市場への浸透に傾注しすぎると、未出店地域の一等地を競争相手に奪われる、既存市場での店舗間の売上の食い合い(カニバリ)が生じるなどの問題が生じます。それに対して【④総店舗数の地域配分】の状況を把握することが役に立つということをお話したいと思います。

ケーススタディー:幸楽苑 vs. 日高屋 ~総店舗数の地域配分が対照的な企業~

では、ケーススタディーとして、総店舗数の地域配分の仕方が対照的な企業を比較しながらその意味をご説明したいと思います。

採りあげるのは、中華そばチェーンの幸楽苑(本社:福島県郡山市)とハイデイ日高屋(本社:埼玉県さいたま市大宮区。以下、日高屋)です。データは2015年2月時点のものを用いています。

両社が日本国内で面的にどのように店舗網を展開しているかを比較すると、日高屋の出店地域は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、栃木県の5都県、出店済みの市区町村数は108であるのに対して、幸楽苑の場合は、北は北海道から西は岡山県までの25都道府県に展開しており、出店済みの市区町村数は290にのぼります。

【表】は両者の店舗展開に関連するデータを比較して示しています。

店舗数で幸楽苑が100以上上回るものの、幸楽苑は日高屋に比べるとかなり広域に展開していること、そして逆に日高屋は出店を首都圏の狭い範囲に集中していることが読み取れます。

また、上記で、“Mini-box”タイプのリテーラーは地域展開だけでなく、展開済みのエリアに追加的に出店しブランド浸透を図ることも並行して進めなければならないことを記しましたが、その点を確認するため、同じ市区町村で10店舗以上出店している市区町村とその店舗数も比較してみると面白いことが分かります。

日高屋は百貨店や高級ブランドが選択しているポテンシャルの高い市場に追加出店を行っていますが、幸楽苑は本社のある郡山市を中心に福島県内に追加出店を進めています。日高屋も本社のある大宮区に店舗数が相対的に多いですが、都心の繁華街への出店に注力している様子がうかがえます。

最後の行に“集中度”というものがあります。これはハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)というもので、各社の市区町村ごとの店舗数のシェア(%)を2乗した数字を、合算したものです。ある企業が、一つの市区町村に全ての店舗を出店していた場合、その市区町村の店舗数のシェアは100%で、集中度は100×100=10,000となります。2つの市区町村に半分ずつ出店している場合、50%の2乗が2つですから、集中度は50×50×2=5,000です。(HHIについては「ドミナント戦略」の基礎知識も参照)。

特定のエリアへ出店を集中的に進める力が日高屋は幸楽苑の3倍弱あることを意味しています。地域拡大と市場への浸透を同時並行に進める必要があるリテーラーが、継続的に把握すべき数字です。

【表】日高屋と幸楽苑の出店形態の違い

日高屋 幸楽苑
店舗数(2015.2時点) 356店舗 482店舗
出店済み都道府県数 5 25
出店済み市区町村数 108 290
10店以上の市区町村数 新宿区(20店舗)、大宮区(16店舗)、千代田区(12店舗)、豊島区(10店舗) 郡山市(11店舗)、いわき市(11店舗)、福島市(10店舗)
集中度(HHI) 176.1 61.3

ここで、日高屋と幸楽苑を比較したグラフを見てみましょう。

幸楽苑対日高屋

幸楽苑対日高屋

横軸は、市区町村別の出店数を表します。1店舗しかないエリアもあれば、複数店舗を出店しているエリアもあります。

縦軸は、そのエリア内の出店数に対応する市区町村数を示します。幸楽苑は、1店舗ないしは2店舗しかないエリアの数が圧倒的に多く、率にすると87%に上ります。

前出の情報も踏まえると、幸楽苑は本社のある福島県内を除くエリアでは、地域拡大が優先され追加出店がほとんど進んでいないことを示しています。

逆に日高屋は2店以上出店しているエリアの数もバランスよく存在し、読み取りにくいですが20店舗を出店しているエリアもあります。地域拡大よりも展開済みのエリアへの市場浸透を優先していることが分かります。

両社の出店行動を比較すると、「日高屋は新規出店を狭域に集中させる一方、幸楽苑は新規出店を広域に分散させている」ということが、直感的にもお分かり頂けると思います。

こうした集中・分散の度合いを客観的に把握し、企業間で比較可能できるようにするため、前出の表で「集中度」という数字を示しました。集中度は日高屋が176.1、幸楽苑は61.3でした。この数字は企業によって異なりますし、同じ企業でも出店を進めるにつれて変化します。出店方法の性質を説明する上で重宝する指標ですので、ここでご紹介させていただきました。

それを用いると、「幸楽苑は特定のエリアへの店舗数の集中度を低下させつつ、地域拡大を急激に進めている一方、日高屋は店舗数の集中度を高いレベルに維持しつつ、特定のエリアへの追加出店を優先している」と説明できます。

この2つの出店戦略のうち、どちらが皆さんは良いと思われますか?その根拠は何ですか?是非、考えてみてください。